佐賀地方裁判所 昭和28年(行)15号 判決
原告 金原寛一
被告 小城町
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は「被告が昭和二十五年三月二日原告所有の別紙目録記載の動産及び、同年六月七日原告の同目録記載の電話加入権に対してなした国民健康保険の保険料滞納処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、原告は佐賀県小城郡小城町に住所(世帯)を有するものであるところ、被告は小城町民大多数が反対しているにもかかわらず、形式的町議会を開き、その議決に基き、昭和二十三年十一月一日小城町国民健康保険条例を制定し、佐賀県知事の認可を受け、町営の国民健康保険事業を開始した。右小城町国民健康保険条例には、小城町内に世帯を有する者は、すべて強制的に被保険者たらしめ、世帯主は保険料納付の義務を負う旨の規定がある。原告は右の世帯主として国民健康保険の保険料を納付すべき旨の告知を受けたが、これを拒絶していたところ、被告は昭和二十五年三月二日原告所有の別紙目録記載の動産を、続いて同年六月七日原告の電話加入権を夫々差押え、昭和二十六年三月一日町営後の昭和二十三年度分金千百六十円、昭和二十四年度分金二千三百二十円、昭和二十五年度一、二期分金千三百三十円、合計金四千八百十円の保険料と督促料金八十円、延滞利息金二千八百八十一円、延滞加算金四十円、合計金七千八百十一円を納付しなければ差押動産を引揚げると迫り原告が応じなかつたところ、昭和二十八年十月五日、遂に動産はこれを引揚げ、公売処分に付する旨告知した。然しながら右滞納処分は無効な行政処分である。即ち国民健康保険法は国民健康保険に加入するか否かは被保険者の自由意思によつて決すべき趣旨であるのに、被告はこれに反して小城町民を強制加入させるため、前記条例を制定し、任意に加入したことのない原告に保険料納付を強要するものである。蓋し憲法第二十九条には財産権はこれを侵してはならないとして財産権不可侵の原則を明定し、国民健康保険法も右憲法の基本原則に則り、財産的出捐を伴う国民健康保険加入については、個人の自由意思を尊重し、これに加入するか否かを任意に決せしめ、任意の加入者にのみ保険料納付の義務を課すべき趣旨である。然るに右条例は右趣旨に違反して国民健康保険に加入することを強制するものであるから、憲法に違反し、憲法第九十八条により無効のものといわねばならない。されば無効の条例に基く被告の原告に対する保険料徴収従つて原告所有の動産及び原告の電話加入権に対する滞納処分は無効である。
仮りに右条例が有効であるとしても、被告の原告の電話加入権に対する滞納処分は無効である。即ち昭和十九年二月二十日小城町に任意加入制の小城町国民健康保険組合が成立し、原告はその第一期には加入したが、その後同組合を脱退したので、組合員ではないから、右条例施行前に保険料納付義務があろう筈はなく、右条例が施行されたからとてその施行前の保険料を組合員でない原告より徴収することは明らかに失当で、原告の電話加入権に対する滞納処分の基本となる保険料は、その間の保険料であるから、その滞納処分は無効である。
よつて被告のなした滞納処分はその全部又は一部が無効であるから、これが確認を求めるため本訴に及んだと陳述した(立証省略)。
被告指定代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告の主たる請求につき、その主張事実中、昭和二十三年十月一日小城町国民健康保険条例制定について佐賀県知事の認可を受けたこと、被告が公営の国民健康保険事業を実施(開始)したこと、右小城町国民健康保険条例には小城町内に世帯を有する者は、すべて強制的に被保険者たらしめ、世帯主は当然保険料納付義務を負う旨の規定があること、被告が原告に対し、再三原告主張の滞納金額を納付すべき旨告知したが、原告はこれを納付しなかつたこと、原告主張の日時に被告が原告所有の動産に対し滞納処分をなしたことはこれを認めるがその余の事実は認すると述べ、次のように主張した。即ち被告は町民一般の意向を徴し、その賛同を得、小城町議会は昭和二十三年十月三十日小城町国民健康保険条例案を全員一致で可決し、これを制定したが、被告公営の国民健康保険事業を実施したのは同年十月一日よりである。国民健康保険法は公営の国民健康保険の設立は任意であるが、一旦市町村がこれを実施するにおいては、条例を制定し、同法及び条例の定める除外者を除き、当該市町村内の世帯主及びその世帯に属する者はすべての被保険者たらしめる趣旨であつて、被告は同法及び適法な条例制定手続によつて制定された条例に従つて国民健康保険を実施するものであるから被告のなした保険料徴収、従つてその滞納処分には何等の違法はない。
次に原告の第二段の主張につき、その主張事実中昭和十九年二月二十日任意加入制の小城町国民健康保険組合が成立したこと被告が原告主張の日時に原告の電話加入権を差押えたことは認めるが、その余の事実は否認すると述べ、次のように主張した。即ち原告の電話加入権の差押(滞納処分)をなしたのは、小城町国民健康保険条例に基くものではなく、又滞納処分の基本滞納金も任意加入の国民健康保険組合当時の保険料ではない。任意加入制の小城町国民健康保険組合は昭和十九年十一月四日、佐賀県指令厚第一八八三号により旧国民健康保険法第十三条第一項に基き強制加入の指定を受けたので同日以後強制加入制の国民健康保険組合となつた。従つて原告は同日以後当然同組合員となり保険料納付義務があることになつたのに、昭和二十一年度四期分金六十九円、昭和二十二年度一乃至四期分金九百八十五円七十銭、同年度追加分金八十八円八十銭、昭和二十三年度一、二期分金六百五十円四十銭、合計金千七百九十三円九十銭の保険料と督促手数料金十円総計金千八百三円九十銭を右組合に納付しなかつた。而して昭和二十四年三月十四日国民健康保険法第八条に基き、右小城町国民健康保険組合理事長より小城町長に保険料徴収の委嘱があつたので、被告は右滞納金額につき原告の電話加入権の差押(滞納処分)をなしたのである。
以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、いずれも失当であると陳述した(立証省略)。
三、理 由
原告が佐賀県小城郡小城町において国民健康保険法所定の世帯を有する者であることは原告の自陳するところである。
昭和二十三年十月一日小城町国民健康保険条例制定について佐賀県知事の認可を受けたこと、被告が公営の国民健康保険事業を実施したこと、右小城町国民健康保険条例には、小城町内に世帯を有する者は、すべて強制的に被保険者たらしめ、世帯主は当然保険料納付義務を負う旨の規定があること、被告は原告に対し昭和二十三年度分金千百六十円、昭和二十四年度分金二千三百二十円、昭和二十五年度一、二期分金千三百三十円、合計金四千八百十円の保険料と督促手数料金八十円、延滞利息金二千八百八十円、延滞加算金四十円、総計金七千八百十一円を納付すべき旨告知したが、原告はこれを納付しなかつたこと、原告主張の各日時に被告が原告所有の動産に対し滞納処分をしたことは当事者間に争いがない。成立に争いのない乙第三号証、同第五号証によれば右小城町国民健康保険条例は昭和二十三年十月三十日小城町町会議員二十六名中二十名の出席した町議会において、全員の賛成により可決制定された条例であること、被告が国民健康保険事業を実施したのは、昭和二十三年十月一日であることを認めることができ、甲号各証は右認定を左右するに足りない。而して右条例制定の手続は法律上住民の意思を代表すると擬制されている町議会議員の適法な議決に基き制定されたこと右認定のとおりであるから、大多数の町民の反対あるにかかわらず形式的議決によりこれを制定したとの原告の主張は採るに足らない。進んで右条例が憲法に違反するや否やにつき按ずるに国民健康保険法第一条は「国民健康保険ハ相扶共済ノ精神ニ則リ、疾病、負傷、分娩又ハ死亡ニ関シ保険給付ヲ為スヲ目的トスルモノトス」と規定し、その理想とするところは相扶共済の精神であり、社会保障制度の立法というべきである。本法制定の沿革に遡つてこれを見るに、つとに昭和十三年四月一日法律第六十号を以て初めて国民健康保険法が制定されたその時から既に地方長官の指定により強制加入制をとり得ることを規定し、数次の改正を通じてその強化を計り、昭和二十三年法律第七十号による画期的大改正によつてその第八条ノ十二に「市町村ハ国民健康保険ヲ行ハントスルトキハ国民健康保険に関スル条例ヲ制定スベシ。前項ノ規定ニ依ル条例ノ制定…………ニ付テハ都道府県知事ノ認可ヲ受クベシ。」、その第八条ノ十四に「国民健康保険ヲ行フ市町村ノ被保険者ハ其ノ区域内ノ世帯主及其ノ世帯ニ属スル者トス。」と各明定して市町村公営の原則を打ち立てると共に強制加入制を原則化するに至り、社会保障制度の確立を計つた。それは外ならぬ二十世紀の香り高い新憲法第二十五条「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国はすべての生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」との規定の精神に沿い、社会保障の実を挙げるための改正であつた。即ち従来の国民健康保険組合、又は営利を目的とせざる社団法人をして国民健康保険事業を行はしめ、任意加入制を認めるにおいては、右憲法の精神に沿い得ないからである。強制加入の原則は国民健康保険の公共性を高めると共に、逆選択を防止し危険分散を行はんとする技術的考慮に基くものであり、市町村公営の原則は国民健康保険が住民の健康及び福祉に直接関係する制度であることに鑑み地方公共団体の本来的な事務とすべきものであるとの行政的考慮に基くものである。而も国民健康保険事業は財政的裏付がなくては実施できないから、各市町村の実情に応じ、これを設立するか否かを決定せしめる任意設立制度を認め、住民の代表者である市町村議会の議員に条例を制定するか否かを選ばしめるため、市町村が国民健康保険事業を行う前提として、条例制定を要求し専門的技術的指導監督のために知事の認可を要求しているのである。国民健康保険が実施されると保険料納付の義務が生ずること当然であるがこれを以て財産権不可侵の原則を破るものとする主張は当らない。何故なら国民は憲法の保障する自由及び権利を濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためこれを利用する責任を負うことも亦憲法第十二条の明定するところである。国が公共の福祉のため、国民健康保険の実を挙げるには強制加入制の採用が必要であるとして法律を以てこれを定めたときは国民は財産権をこのために利用する責任を負うのであつて、右の責任の範囲において国民の財産権主張も制限されるものと解さねばならず、高度の技術性を伴う国民健康保険において強制加入制が一層公共の福祉に適合すること前述のとおりである。而して市町村が国民健康保険を行うか否かは一つに条例を制定するか否かにかかつているが、小城町議会はこれを選んだのである。市町村が国民健康保険を行う以上、必ず強制加入制をとらねばならないことは国民健康保険法の命ずるところで、小城町国民健康保険条例がその第五条で同条に定める除外者を除き、町内の世帯主及びその世帯に属する者を以て被保険者とする旨の強制加入制を明定したからとて、従つて又その第三十一条に、世帯主である被保険者は町民税の賦課等級により保険料を納付しなければならないと規定したからとて、これを以て憲法に違反するとなすことはできない。従つて原告は当然保険料納付の義務を負うのであるから、被告が前記滞納金につき、原告所有の動産に対しなした滞納処分を以て、憲法違反の条例に基くものであるから当然無効であるとなす原告の主張は、とうてい採用することができない。
次に被告が原告の電話加入権に対しなした滞納処分の適否について判断する。
昭和十九年二月二十日任意加入制の小城町国民健康保険組合が成立したことは当事者間に争いがない。成立に争いのない乙第一号証及び真正に成立したと認める同第六号証によると昭和十九年十一月四日、佐賀県指令厚第一、八八三号により小城町国民健康保険組合が佐賀県知事の国民健康保険法第十三条第一項(昭和十七年法律第三十九号)に基く強制加入の指定を受けたこと、原告が昭和二十一年度四期分、金六十九円、昭和二十二年度一乃至四期分、金九百八十五円七十銭、同年度追加分、金八十八円八十銭、昭和二十三年度一、二期分金六百五十円四十銭合計金千七百九十三円九十銭の保険料と督促手数料金十円、総計金千八百三円九十銭の保険料を右小城町国民健康保険組合に納付しなかつたこと、昭和二十四年三月十四日右小城町国民健康保険組合理事長江島卯吉は小城町長江島卯吉に国民健康保険法第八条に基く滞納者に対する処分の委嘱をなしたことを認めることができる。してみれば原告は任意加入制の小城町国民健康保険組合に加入したと否とにかかわりなく昭和十九年十一月四日より当然右組合の組合員となり、保険料納付の義務を負うたのである。而して小城町国民健康保険施行当時の国民健康保険法第五十四条(昭和二十三年法律第七十号)によれば市町村が国民健康保険を行はんとして条例を制定し、その認可があつたときは、国民健康保険組合は解散の認可があつたものと看做されるのであるから、小城町国民健康保険組合理事長が昭和二十四年三月十四日小城町長に国民健康保険の保険料滞納者に対する処分の委嘱をなしたのは、同組合が昭和二十三年十月一日解散し、同組合理事長が清算人となり、清算事務として昭和二十三年法律第七十号国民健康保険法第八条第一項に基き、被告に原告の滞納保険料徴収処分を請求したもので、被告は右請求に基き原告の右滞納金につき原告の電話加入権に対し滞納処分をなしたと解するを相当とする。従つて被告は正当な権限に基き原告の電話加入権に対する滞納処分をなしたもので、該処分は適法にして有効といわねばならない。
以上いずれの点よりするも被告の原告に対する本件滞納処分は適法であり、原告の本訴請求は理由なきものであるから、失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岩永金次郎 富川盛介 小川正澄)
(別紙目録省略)